映画のような名盤Lou Reed「Berlin」アルバムレビュー

トラックリスト

1.Berlin

2.Lady Day

3.Men of Good Fortune

4.Caroline Says Ⅰ

5.How Do You Think It Feels

6.Oh Jim

7.Caroline Says Ⅱ

8.The Kids

9.The Bed

10.Sad Song

一本の映画のようなアルバム「Berlin」

Lou Reedの三作目のアルバムで主人公の男と娼婦キャロラインの陰鬱な恋愛模様を軸にしたコンセプト・アルバム。

Lou Reedはシラキューズ大学在学中に詩を学んでいたり、エドガー・アラン・ポーの「大鴉」を題材にしたアルバム「The Raven」を発表したり、ミュージシャンでありながらも文学の人だった。今回のアルバムも映画のように物語が展開してくこともあって、ルーの人間に対する鋭い洞察力が存分に発揮されている。ここからは音楽性の話というより、2人の恋愛がどんな風な終わりを迎えてしまったのかを曲順通りに追っていきたいと思う。

1.「Berlin」(邦題:ベルリン)

一曲目はカフェで流れていそうなジャズっぽいキーボードの表題曲「Berlin」で幕を開ける。

主人公の男はカフェでの恋人とのひとときを思い出しながら感傷に浸っている。「Oh, Honey it was a paradise(ハニー、あれは極楽だったよ)」と何やら意味深な感じでアルバムが始まるのも映画のよう。これからその思い出が一体何だったのかが分かるようになっている。

2.「Lady Day」(邦題:レディ・デイ)

ここからいよいよキャロラインが登場し、主人公の男と出会うまでが描かれる。「Lady Day」は男がキャロラインと関係を持ってしまうまでの曲なのだけど、この曲で見事なのは繊細なメロディーと力強いキーボードの絡みだけではなく、何と言ってもキャロラインの性格が手に取るように分かる歌詞だ。

She was like a child staring at her feet

(彼女は子供みたいに自分の足元を見つめていた)

But when she passed the bar

(でも彼女がバーを通り過ぎようとして)

And she heard the music play

(音楽の演奏が聴こえたとき)

She had to go in and sing

(彼女は中に入って歌わずにはいられなかったのだ)

無邪気さと少しの頑固さが同居してそうな女性が思い浮かぶ。音楽が好きで、なんていうかフィーリングで行動できる自由な女性、キャロライン。それに対して主人公の男はどんな人物かというのも対照的に分かる。なぜならそんなキャロラインに対して「I said no, no, no, Oh Lady Day(僕は言った「だめだよ」 おぉ、レディ・デイ)」とひたすら戸惑っているだけだからだ。

そしてこの曲の悲しいところ、現実の陰惨さはここに詰まってる。

She climbed down to the bar

(彼女はバーの階段を下りて)

To the hotel that she called home

(彼女が「お家」と呼んでいたホテルへ向かった)

It had greenish walls

(ホテルの壁は緑がかっていた)

A bathroom in the hall

(トイレとお風呂は共用だった)

彼女が「お家」と呼んでいたホテル、というフレーズで一気に悲しくなってしまうのは現代的な感覚なのかもしれないけど、ここではキャロラインが娼婦だったこと、あんまり清潔とは言えないホテルを日常的に使っていたことなどが暗示されてる。「緑がかった壁」も、もしかしたら塗装よりもカビのような汚れのことなのかもしれない。こうして主人公の男はキャロラインとの関係を持った。

3.「Men of Good Fortune」(邦題:富豪の息子)

「Lady Day」で「だめだよ」と言いながらもキャロラインに振り回されてばかりの主人公。この曲はそんな彼が裕福な家庭に生まれ育ったこと、そして他の金持ちの息子が持っているような野心が自分にはないことが歌われている。

キャロラインのような娼婦と関係を持つことで、彼は自分の知らない貧しい人々の世界を知っていくことになる。この曲はそのような彼の目線を知るうえで大事な曲だ。

They wanna have money and live

(彼らは金を手にして暮らしたいんだ)

But me, I just don’t care at all

(でも僕にとって、そんなことは本当にどうでもいい)

4.「Caroline Says Ⅰ」(邦題:キャロラインのはなし(1))

彼とキャロラインの関係はもうこの時点で破綻してしまう。キャロラインに「男じゃない」とか「おもちゃ」とか「ばか」とか言われた挙句、娼婦である彼女は外に男を捕まえに行ってしまう(書いててもうすでに悲しくなってきた)

「Caroline Says」というタイトルからも分かるように、もう彼にとっては「キャロラインの言うこと」が全てになってしまったのだろう。彼女の仕打ちが「人間が人間に対してするようなものではない」と分かっていながらも翻弄され続けることを選んでしまう。

Caroline says moments in time

(キャロラインが言うには、時々こういう瞬間があるんだそうだ)

Can’t continue to be only mine

(僕だけのものでいることができなくなってしまう瞬間が)

Yeah, Caroline says

(そうさ、キャロラインがそう言うんだ)

She treats me like I am a fool

(彼女は僕をばかみたいに扱うんだ)

But to me She’s still a German Queen

(でも僕にとって彼女はそれでもドイツの女王)

Ooohhh, she’s my Queen ya …

(そうさ、彼女が僕の女王なんだ)

5.「How Do You Think It Feels」(邦題:暗い感覚)

薬漬けのキャロラインを横目で見ながら抱く不安を歌った曲。裕福だったはずの主人公も落ちぶれて、部屋の中をひっかきまわす(金になるものを探している)キャロラインを見て「この生活はいつ終わるんだろう」と不安になっているだけ。主人公の憂鬱と不安、浮かんでくる狭い部屋の閉塞感。




6.「Oh, Jim」(オー・ジム)

この曲は前半がジム(主人公)、後半がキャロラインの視点から語られる。ジムからキャロラインへ視点が変わるところで、曲が一気に別の曲になったかのようにアコースティック調のシンプルなものに変わるのも印象的だ。

ジムの視点から語られる前半で「I’m just a alley cat(僕はただの野良猫さ)」と歌われ、その後キャロラインが「あなたが行ってしまったから、私の心は壊れてしまった」と語ることから、ジムはキャロラインやその周りの娼婦たちが取り巻く世界に対して自分がいるべき世界ではないと悟りキャロラインの元を去ってしまったことが分かる。そして彼女を薬漬けにしたのもこの「くだらない友達」のせいなのだとジムの怒りと軽蔑が描かれている曲でもある。

7.「Caroline Says Ⅱ」(邦題:キャロラインのはなし(2))

「Oh Jim」の後半からアルバム全体としてもアコースティックギターのしんみりとした雰囲気の曲で展開されていく。それもやっぱり話の展開から考えて当然なのかもしれない。この曲ではキャロラインの精神的な死が歌われている。

キャロラインの友達は彼女に薬を勧め、その上「アラスカ」というあだ名をつけて「お前、今何考えてるんだ?」とからかっていたことが明らかになる。もう見た目的にもぼろぼろになっていたのだろう。

キャロラインがぼろぼろになってしまったことを最も強く表現しているのは最後の「It’s so cold in Alaska」という歌詞。キャロラインの精神的な死を彼女のあだ名である「アラスカ」という地名を用いて「アラスカはとても寒いところなんだ」と表現されているところは本当に秀逸だ。

8.「The Kids」(邦題:子供たち)

キャロラインには子供がいた。しかし、彼女は薬漬けで遊んでばかりいたのでその娘は強制的に保護されてしまう。

しかし、この子供は主人公との間にできた子供ではなく、別の男との間の子供だった(表記がher daughterとなっている。後の「The Bed」で明らかになるがジムとの子どもはour childrenと表現されている)。娘を失くしてからは泣いたり、ぼーっとしたり更に無気力になってしまうキャロライン。そしてそんな弱っていくキャロラインを見てジムは不謹慎にも以前よりも幸せになったと感じてしまう。

I’m just a tired man

(僕はただの疲れ切った男)

No words to say

(言うべき言葉も出てこない)

But since she lost her daughter

(でも彼女が娘を失ってから)

It’s her eyes that fill with water

(彼女の瞳は涙でいっぱいで)

And I am much happier this way

(僕はこんな風に以前よりも幸せな気持ちでいる)

9.The Bed(邦題:ベッド)

キャロラインが自殺してしまった夜の話。キャロラインは自身の娘を失った後に今度はジムとの子供を身ごもったことがこの曲で明らかになるのだが、皮肉なことに彼女が自殺を図ったのもそんな幸せな場所であるはずのベッドだった。

ジムはただひたすらに動揺して「おぉ、なんて気分だろう」と言っているだけ。そして悲しみに暮れているというよりは解放されたと思わずにもいられないというところが本当のところなのだろう。やっと正しい場所に戻れると。

I never would have started if I’d known

(もしも初めから分かっていたとしたら僕は始めたりしなかっただろう)

That it’s end this way

(こんな風に終わってしまうことが)

But funny thing, I’m not at all sad

(でもおかしなことに、僕は全然悲しくなんてないんだ)

That it stopped this way

(こんな風に終わってしまったことが)

10.「Sad Song」(邦題:悲しみの歌)

最終曲。アルバムの中のキャロラインを眺めながら感傷に浸っているジム。

Staring at my picture book

(アルバムを眺めていると)

She looks like Mary, Queen of Scots

(彼女はスコットランドの女王、メアリーみたいに見える)

She seemed very regal to me

(なんだかすごく威厳があるように感じられて)

Just goes to show how wrong you can be

(それがどれだけ間違ってるかすぐに気が付くけどね)

キャロラインのはなし(1)で女王のように感じていても、その弱さや脆さを間近で見てきたジムはそんな風に思う。薬をやって遂には死んでしまったキャロライン。「悲しい歌だ」と繰り返されるサビはもはやジムの言葉ではなく聴き手の気持ちを代弁するかのよう。

ジムとキャロラインは2人のいる世界の違いを乗り越えることもできず、お互いの悲しみを和らげることもできず、とにかく一緒に居ながらもどこまでも孤独だったように思う。アルバムを通して聴いて思ったのは恋愛に限らず人間関係の本当のところって案外そんなものなのかもしれないということ。ずっと近くに居たから、恋人だったから、親友だったからってその人の抱える闇みたいなものまで把握しきった気になっても、そのまま当の本人が死に、本当のところは何もわからないまま…みたいな終わり方が一番よくあるのかもしれないなぁと。実際ジムも恋人が衰弱していく姿を見守りながらもただ戸惑い、たまに幸せに浸りそばにいることを選んでいただけだ。本当のところは、キャロラインという一人の人間の抱える深い問題に全然踏み込めなかったのだと思う。

まとめ

Pink Floydの「The Wall」が壁というものを疎外感のモチーフとして利用したように、「Berlin」というアルバムもやっぱりそんな閉塞的な都市を表す壁と、一人の人間が抱える心の壁みたいなものを感じるアルバムだった。そして音楽というものを媒体にしながらこれだけの機知に富んだ物語を聞かせられるということが単純に凄い。昔の人は琵琶法師の話もこんな気持ちで聴いてたのかな、とか思った。ルー・リードはやっぱり音楽の人であるのと同じくらい文学の人だったということがこの一枚を聴くとよく分かる。




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