Beck「Hyperspace」アルバム全曲レビュー 商業音楽かそれとも
2019年にリリースされたBeckの14枚目のアルバム「Hyperspace」。
真っ赤なセリカと白いジャケットのBeck、そしてカタカナで書かれる「ハイパースペース」の文字。
このアルバム名は1979年アタリ製のビデオ・ゲーム『アステロイド』からインスパイアされたもので、日本人は多分少しダサいと思えるかもしれないけど、Beckのレトロフューチャーなオタク要素が垣間見える部分でもある。
ファレル・ウィリアムスとの共作
ファレル・ウィリアムスは、ネプチューンズや音楽グループN*E*R*Dのメンバー(2006年にソロデビュー)としても知られるアメリカの音楽プロデューサーでもあり、ファッションなどの分野でも活躍するマルチアーティストだ。
今回のアルバムは11曲中7曲がファレルとの共作であり、ファレルの色が強く出ていると感じた。全体としてポップ・プロダクションの技巧とBeckの音楽性との折衷を図った作品になっている。
アルバム全体
Beckのアルバムは「Colors」「Midnight Vultures」のような「外」へと向かう作品群と「Sea Change」「Morning Phase」のような内省的な作品群に分かれるが、今回のアルバムは完全に前者の位置づけだ。前作「Colors」がポップネスの極致のような作品だったので、個人的には今回は内省的なアルバムを期待してたのだけれど(15年連れ添った妻との別れの後に作られたことからそのような予想も実際あったらしい)、今回は前作とはまた違った全く新しいポップさを開花させた作品になっていた。全体としては洗練されていて聴きやすいポップソングが多く、悲しみを外部へと昇華させて新しい世界を夢見ているような印象を受けた。正直に言えば、ファレルの色が強く出ているせいか綺麗なポップソングにまとまりすぎていて何だか好きになりきれないというところはどうしてもあるのだけど、アコースティックギターの瑞々しい音とシンセを使った極上のサウンドスケープは本当に聴き応えがあるとやっぱり思う。
全曲レビュー
1曲目「Hyperlife」
アンビエント色が強く神聖な1曲。壮大だけどまどろんだ夢のような超空間への招待。Beckが新境地へと踏み込んだことが分かりわくわくする。
2曲目「Uneventful Days」
ヒップホップっぽいビートとキャッチーなメロディー。シングル曲でもあり、きらきらした現行ヒップホップ、エレポップな印象。ファレルとソングライティングが共作であることもあり、プロデューサーの色が強いと感じた。
3曲目「Saw Lightning」
ルーザーを彷彿とさせる脱力したスライドギターが特徴的なナンバー。ブルージーな雰囲気+ヒップホップ。感覚的な話になってしまうけど綺麗にまとまりすぎているせいで「ルーザー」のような高揚感はないと感じてしまった。
4曲目「Die Waiting」w/スカイ・フェレイラ
多幸感溢れるアコギの音が瑞々しくて気持ちいい。
5曲目「Chemical」
ノスタルジー全開のレトロなR&B。あざとく感じてしまいながらも一番好きなトラック。白昼夢のようなトリップ感がある。
6曲目「See Through」
オートチューンを駆使したモダンR&B的な曲。
7曲目「Hyperspace」
幻想的なシンセと単調なドラムのリズムが気持ちいい。どことなくクラスターの「Zum Wohl」を彷彿とさせるトラック。
8曲目「Stratosphere」
アコースティックギターで歌を聞かせる曲。コールドプレイのクリス・マーティンが歌っている。
9曲目「Dark Places」
「感傷に浸っている午前2時」を歌った曲。「彼女がいなくなって影ばかり見える」というフレーズにあるように失恋がテーマの曲だけど、曲の雰囲気自体はそこまで暗くなくむしろ爽やかな感じがする。
10曲目「Star」
淡々としていてあまり印象に残らなかったけど、録音の音が良いから奥行を感じるのと軽快さが心地いい。
11曲目「Everlasting Nothing」
「君が投げた王国への鍵は超高層ビルの壁を越えて」というフレーズとアコースティックギターを基調とした始まりに心を掴まれる。旅の終着点のような解放感とカタルシスが一気に押し寄せる。このアルバムの中では珍しく抽象度の高い詩的な歌詞なのも良い。