シューゲイザーの金字塔 My Bloody Valentine「Loveless」全曲レビュー
シューゲイザーの名盤と言えば、おそらく多くの人が真っ先に挙げるのがこのアルバムだろう。
NMEやPitchforkをはじめとする多くの音楽メディアがシューゲイザーの名盤ランキングではマイブラのLovelessを一位に挙げ、ここまで解釈が一致しているジャンルも珍しいような気がする。
ここからはそのアルバムにまつわるエピソードと、全曲について紹介する形でこのアルバムが一体どんなアルバムなのか紹介していこうと思う。
レーベルを潰しかけた名盤
まず、有名なエピソードだが、My Bloody Valentineの「Loveless」にはレーベルを潰すほどの製作費がかけられている。
その金額は約25万ポンドで、当時の日本円で約4500万円ほど。
マイブラはイギリスのクリエイション所属だったが、この後財政難に陥り、レーベルはソニーに吸収されることになった。
Lovelessは約2年半かけて制作されたアルバムだが、ボーカリストであり、ギタリストのケヴィン・シールズがこの作品の音作りにこだわりにこだわり、製作費がこんなにも嵩んでしまった。
マイブラは今でこそ、ブライアン・イーノに賞賛され、シューゲイザーというジャンルの代名詞的なバンドになったが、当時大ヒットしていたわけではない。それでもこれだけの製作費をかけて音楽を世に出すことが出来たのは当時の音楽シーンが活気づいていたイギリスだったからというのも大きかったのかもしれない。
ちなみに、新曲が出ないことに業を煮やしたアラン・マッギーが「いつになったら、できるんだ?」というと、「Soon (すぐに)」という曲名の曲が送られ、さらに、数ヶ月後、もう一回聴くと「To Here Knows When (いつなのか聞く)」が作られたというエピソードがある。
全曲レビュー
Only Shallow
マイブラの代表曲。初めて聞く人はドラムの後にくる爆音の掃除機のような凶暴なフィードバックノイズで、シューゲイザーの洗礼を受けることになるんじゃないかと思う。
ビリンダのどこか病的ながら綺麗な声が紡ぐ冷淡なメロディーと、この攻撃的なリフのバランスがこの曲の均衡を絶妙に保っている。
歌詞も「Sleep like a pillow」という理解不能なフレーズから始まるが、「愛なき世界」というアルバムのタイトルに相応しく、退廃的なエロさが漂った歌詞になっている。
マイブラの国内盤には本人たちの希望によって和訳がつけられていないのでニュアンスを感じ取るしかないのだが、その幻想的かつ凶暴なサウンドに歌詞がマッチしているのも魅力の一つだと感じた。
Loomer
ジリジリと狂気に陥っていくかのような、アルバムとしての幕開けを予感させる曲。
「パーティードレスを着た女の子たち その場所の何もかもが好きになれなかった」というフレーズからも分かるよう、他の曲とはテイストの違うテーマを歌っている。
Touched
強烈なインパクトを残す約57秒のインスト曲。この曲から「To Here Knows When」へ移ると、異世界への扉が一気に開かれたような印象を受ける。
To Here Knows When
サイケ色の強いナンバー。このアルバムの中でも一際異彩を放っている曲。
EBEEBEという変則チューニングとトレモロの不安定さが悪夢を見ているかのような不安感と陶酔感を演出している。
官能的で意味不明な歌詞もこの不思議な世界観を作り上げていて、本当に異世界に迷い込んだかのような気持ちになる。
When You Sleep
幻想的でありながら疾走感があり、初めてマイブラを聴く人にとっては一番とっつきやすい曲なのかもしれない。
リフが印象的で、ギターの音をここまでこだわらなかったらこんなにマイブラらしい快感はない、王道のギターロックになっていたんじゃないかとさえ思う。
この曲は珍しく歌詞の意味が割とはっきりとしていて、少し浮気っぽい彼女に振り回されているような内容になっている。
I Only Said
I Only Saidというタイトル通り、おぼろげな幻想や遠い情景のようなものをそのまま吐露しているかの歌詞が印象的。
特に真っ赤な夕焼けと裸体の彼女の姿が重なる描写が何とも悲しく美しい。
Come In Alone
恍惚という言葉が似合う曲。川沿いの真っ赤な空の下で横になって爆音で聴いたら何もかもを忘れることが出来そう。
前曲同様、リフが印象的で何度も同じフレーズが繰り返されるが、そこには生への渇望が渦巻いているようにも思えた。
Sometimes
素朴で穏やかな曲。東京を舞台にしたソフィア・コッポラの映画「ロスト・イン・トランスレーション」のサントラにも使われている。
じわじわと追い詰めていくようなノイズと鋭利なアコギの音が心地良い。強烈な陶酔感をもたらす前曲までの流れを汲むと影が薄いかもしれないが、聴いていく度に違った良さが滲み出してくるように思う。
Blown A Wish
宗教的な怖さにも近いような独特の雰囲気がある曲。
空間的な音の広がりが心地良く、好きなように体を動かしたくなるような浮遊感がある。
What You Want
疾走感あるロックナンバー。「Isn’t Anything」の延長にあるようなサウンドながら、前作と比べるとかなり洗練されている印象を受ける。名曲。
浮気別れした彼女に対する一方的な執着のようなものが垣間見える歌詞と、ノイズの中にある切ない旋律が心にダイレクトに響く。
soon
ダンサンブルなビートが特徴的な少し異質な曲。
ブライアン・イーノに「ポップの新しいスタンダードとなるだろう。かつてヒット・チャート入りした曲の中で、これ以上に曖昧で不明瞭なものを私は知らない」と言わしめた曲としても知られている。
この曲でアルバムが終わることにより、「Loveless」というアルバムの全容がますます掴みどころのないものになることは間違いないが、その奇妙さこそ、この曲が神秘性を秘めている理由なのかもしれない。
長く作られたアウトロは、この不思議な世界の余韻をいつまでも残していくように感じた。
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