映画「鑑定士と顔のない依頼人」あらすじ感想 イタリアの名匠が20年かけて構想した真贋の物語

映画「鑑定士と顔のない依頼人」あらすじ感想 イタリアの名匠が20年かけて構想した真贋の物語

緻密な伏線とメタファーの連続で映画好きにはたまらない知的な名作。美術品の真贋→人間の真贋へと主題が変化していく構成が見事!

監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ

出演:ジェフリー・ラッシュ、ジム・スタージェス、シルヴィア・フークス、ドナルド・サザーランド

音楽:エンニオ・モリコーネ

ニューシネマパラダイス」でお馴染みのイタリアの名匠、ジュゼッペ・トルナトーレ監督による映画「鑑定士と顔のない依頼人」。

ちなみに音楽を担当したエンニオ・モリコーネはニューシネマパラダイスでも音楽を担当しています。

「人間不信になる」とか「胸糞」と言われていることでも知られている本作ですが、トルナトーレ監督が20年にわたり構想を練り上げた映画です。緻密な伏線が張り巡らされていて最後に全て繋がっていきます。

あらすじ

ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は美術鑑定士だった。オークションも開催しており成功を収めていたが、女性と接するのが苦手だったので部屋に女性の肖像画を大量に保有し飾ることを唯一の楽しみにしている老人だった。

ヴァージルは元画家で友人のビリー(ドナルド・サザーランド)と共謀し高価な美術品を格安で入手していた。ビリーはかつて画家を目指していたがヴァージルに才能がないと言われ諦めていた。

ある日、ヴァージルの誕生日にクレア(シルヴィア・ホークス)と名乗る女性から「両親が死去したので自宅ヴィラにある美術品を鑑定して欲しい」と電話が入る。ヴァージルはそのヴィラに足を運びそこに置いてある数々の美術品を目にするのだが、肝心の依頼人クレアが姿を現さないので苛立っていた。

ヴァージルはそのヴィラの中で何かの部品を見つけ技術士のロバート(ジム・スタージェス)の元へ持っていく。ロバートによるとそれは18世紀に作られたオートマタ(西洋の機械人形)の部品のようで、それを聞いたヴァージルは部品をそろえて復元すればかなり高価な物になると考えるようになる

ヴァージルはクレアと顔を合わせないまま鑑定を進めていくが、何度か足を運んでいるうちにクレアは隠し部屋の奥にいるらしいということが分かる。そして扉越しに会話していくうちに自分が広場恐怖症であることをヴァージルに打ち明ける。自室の外に出ることができないまま長年その部屋で暮らしており、作家として生計を立てているとクレアは話す。

ヴァージルはだんだんとクレアに惹かれていた。ロバートにも相談しながら、自分が外の世界に連れ出してあげたいと考えるようになっていた。その思いが強くなっていたヴァージルはクレアの姿を一目見たいと思い、帰ったフリをしてヴィラに潜んでクレアを盗み見てしまう。クレアはまだ若く美しい女性だった。

ヴァージルはロバートに相談しながら、クレアとの距離を少しずつ縮めていた。クレアは外に出るようになり、2人で外で食事をしたり、自分の生い立ちなどを話して親しくなっていた。遂にヴァージルはロバートの助言もありクレアにプロポーズをした。

ある日クレアはヴァージルに「両親の遺産を競売にかけるのはやめることにした」と打ち明ける。カタログまで完成させていたヴァージルだったが、「自分でも同じ選択をするよ」と快諾した。

結婚を機に引退を決意したヴァージル。最後の競売の仕事を終えると「もう会えなくなるなんて寂しいよ」とビリーに言われる。「お祝いに絵画を送ったから受け取って欲しい」とビリーはヴァージルに伝えた。

最後の仕事を終え、家に着くとクレアの姿が見当たらなかった。必死に家中を探し回るが見つからず、地下室に所蔵していた大量の肖像画も消えていた。

1枚の肖像画だけが遺されていたが、それはもともとクレアのヴィラにあったものだった。裏を返すと「親愛と感謝を込めて ビリー」と署名が入っていた。

ロバートの家も訪れるがロバートもおらず、連絡もつかなくなってしまう。ヴィラのそばのバーに話を聞きにいくと小人症の女性がヴィラから若い女性が何度も外出していて、1年間に外出していた回数は231回だと言う。そして話を聞いていくうちに彼女こそがヴィラの持ち主で本物のクレアだということが分かる。ヴィラは他人にずっと貸していたと本物のクレアは言う。

初めて愛した女性クレアにも、唯一心を開いていた友人でもあるビリーにも騙されたことを知ったヴァージル。ほぼ廃人同然となったヴァージルが向かったのはクレアが思い出の場所として語っていたレストランだった。「おひとりですか」店員に尋ねられたヴァージルは少し時間を置いてから答える、「連れを待ってます」と。



感想

張り巡らされた伏線

1.カフェにいる本物のクレア

→偽物クレアにヴィラを貸していた。「231」は外出の回数。広場恐怖症で外に出れないことが嘘だったことが分かる。

2.クレアの失踪

→アクシデント。この時はヴァージルがたまたまランチを運んできただけのアポなし訪問なのでスタンバイしていなかった。後でロバートと口裏を合わせて屋根裏に隠れていたことにする。

3.ヴァージルがクレアをのぞき見する場面(2回目)

→いることを知っているから、「オールドマン氏は素敵な人よ」「信頼できるわ」などと褒めちぎり、「彼が私に恋を?そんなわけないじゃない、病気に興味があるだけよ」と言う。椅子も見えやすい位置に動かされており、怪我をして足を見せつけるのもわざとだと分かる。

4.ビリー「人間の感情も、芸術と同じで偽装できる」

→自分の犯行をほのめかしている。自分の詐欺という芸術がヴァージルの審美眼によって見破られるのかを試している。

5.「オートマタ(西洋式の機械人形)の中身に小人が入っていたのかもしれない」という発言

→本物のクレアが小人症であることを示唆。機械仕掛けのオートマタは偽物の恋人の象徴でもある。

6.サラ「ロバートが最近クレアという女の話ばかりするの」

→サラもロバートと共犯でヴァージルの嫉妬心をたきつけようとしている。しかしヴァージルがロバートに不信感を抱くようになってしまったので後にサラはロバートに怒られる(窓の外で口論している場面が映る)

7.クレアが突然遺品を競売にかけることをやめる

→遺品は全てヴァージルをヴィラに通わせるための借り物なので売られてしまっては困るから。オートマタの部品もヴァージルに興味を持たせるために置いていたもの。

8.ヴァージルが「連れを待っている」と言ったラストシーン

→機械仕掛けの内装が施されていた店内。偽物だと分かりきっている中で本物を待ち続けるという示唆。



人間不信になりそうなエンディングだけど…

初めて愛した女性と親友に裏切られるというラスト。監督のジュゼッペ・トルナトーレはこのエンディングに関して「わたし自身、この映画の結末は、非常にポジティブなものだと思っています。愛を信じる人たちには勝利ですが、愛を信じない人には暗いエンディングに思えることでしょう」と語っている。

廃人同然になり、何も残らないエンディングがどうしてポジティブなのか?と思う人もいるかもしれない。なぜこの映画がハッピーエンドなのか、個人的な意見を一言で言うなら「初めて本物を手にしたから」だと思う。

この映画は美術品の真贋を見極めるプロであるヴァージルが人間の真贋には失敗するという皮肉な結末に終わってしまったように思えるが、それと同時にこの映画のテーマは「偽物の中にも真実が存在している」ということ。

富と名声を築いたものの、他人を信用できず潔癖で女性とも全然関わったことがない老人が全てを失ってもなお欲しいと思えるものに出会えたということだけは真実だ。

ビリーはヴァージルが最後の仕事を終えた時に「もう会えなくなるなんて寂しいよ」と漏らす。この言葉は肖像画の盗難が成功し後は逃亡するだけのビリーにとっては当然だが、仕事の引退に対してかける言葉としては少し変だ。会うだけなら仕事以外の場所でいくらでも会えるのに。ビリーはうっかり口を滑らせてしまったわけだが、これは本音だと思う。

ビリーがヴァージルを憎んでいたのは「絵の才能を認めてくれなかったから」であって、これはヴァージルの審美眼を信頼していたからこその「認めて欲しい」という気持ちの裏返しでもあると言える。

またクレアも、暴漢に襲われたヴァージルを見て涙ながらに病院に付き添い(これが2人の関係を進展させるための自作自演だったのかは分からないが)、同情している姿は完全な嘘ではなかったと思う。「この先何があっても愛してる」と言ったセリフも結果的には嘘になったが、その時の感情に少しの情もなかったとは思えない。さすがに騙す目的だとしてもリップサービスが過剰すぎるし、自分のことを本気で大事にしてくれている相手に少しの情も持たない人間なんているんだろうか、と信じたい。