Mr.Children「深海」全曲レビュー キャリア史上最も陰鬱な最高傑作

コアな音楽ファンから支持され、Mr.Childrenのキャリア史上最も暗い影を落としている一枚「深海」。

世間一般的には「SUPERMARKET FANTASY」のポップソングをニコニコと歌っているようなイメージが強いのかもしれないミスチルだが、初期の頃の楽曲には強烈な社会風刺や内省的な悲しみに沈んだ楽曲も多く、「深海」はその代表的なアルバムと言えるだろう。

1. 「深海」のテーマ

2020年に発表された「Soundtracks」では「死」というテーマが取り入れられたが、1996年に発表された「深海」でも「死」は中心的なテーマとして描かれている。

だが、深海で描かれた「死」は「Soundtracks」にあったような穏やかな自然の摂理としての「死」ではなく、精神的なニュアンスとしてのものだ。

だからこそ、そこには苦悩や絶望が満ちていて、あるはずのない自分だけの居場所を求めて彷徨っているような楽曲が多い。

「深海」とは社会から遠い距離を置いた暗い場所であり、自分自身の奥深いところまで沈んだ精神的な世界のように思う。

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2. 大ヒット作「Atomic Heart」の次に出した作品

楽曲についての考察に入る前に、この内省的なアルバム「深海」が累計343万枚以上の大ヒットを記録した4作目「Atomic Heart」の後に発売されたアルバムであることも注目したい。

今やモンスターバンドとなったミスチルだが、「Atomic Heart」はキャリア史上最高セールスを記録したアルバムであり、それまでの「Versus」以前の作品と比べて作風も一味変わり転機となった作品でもある。

それまでの甘酸っぱい恋愛路線から代表曲「innocent world」にあるような社会風刺を取り込みつつも日常を歌ったミスチルらしさを確立したアルバムでもあり、いわば外向きの作品とも言える。

そんな中、その次作の「深海」は国民的バンドの道のりを順調に確立している中リリースされたとは思えないような失意の底に沈んだような内容になっている。

そこには90年代半ばに起こった「ミスチル現象」とも呼ばれるような、シングルを出すたびにヒットし、1995年には「anan」の抱かれたい男ランキングで桜井さんが5位にランクインしたなど、アイドルのような売れ方をしてしまったことに対する葛藤があったことも背景にはあるのではないだろうか。

「深海が売れなかったら大衆のせい」(ROCKIN’ON JAPAN 1996年08月号)と語ったほど、大衆に対する疑念や自分たちが売れていくことに対するギャップに悩み、1人の人間として奥底まで自分と向き合ったからこそ生まれたアルバムが「深海」であり、そこには意図的に商業音楽とはかけ離れたものを作ってやろうという意識があったのではないかと思う。

3. アルバム全曲考察

1. Dive

海中へと飛び込むようなオープニングトラック「Dive」はこのアルバム全体のイントロとして、聴いている側を一気に海底の世界へと導くような効果がある。

2. シーラカンス

「Dive」からそのままシーラカンスへ。アコースティクギターから始まる悲しいイントロとこれ以上ないほどのローテンションのボーカルで始まる出だしはあまりにもキャッチーさとはかけ離れている。

この曲は「静」と「動」のバランスも絶妙で、中盤からは攻撃的に歪んだエレキギターを皮切りに熱量を上げていく構成が本当に見事だ。

歌詞の内容は失われた過去の自分自身が深海を彷徨うシーラカンスに喩えられている。

夢や理想だけを追い求めていたピュアな自分自身を「化石」のようだとしている自虐的な歌詞とも言え、そんな自分自身を皮肉りながらも「そして僕は微かに左脳の片隅で君を待ってる」と、どこかで繋ぎ止めようとしているのがこの曲の奥深さを出している。

3. 手紙

タイトル通り「過ぎ去りしあなたへ」から始まる手紙の形式をとったしんみりとした一曲。

歌詞の内容は遠い過去の別れた相手に対しての想いを綴ったものであり、楽しかった頃の思い出を思い返して、自分だけが前に進めていないのが分かる。

ただの失恋曲というよりは、そんな過去の楽しかった思い出に縋りたくなるくらい、現実を前向きに生きれていないころが伝わってしまうのがなんともこの曲の悲しさを増長しているように思う。

4. ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜

都会に上京してきた女性とビジネスマンの男性が恋に落ちて、別れるまでの話を物語を聞かせるように歌った一曲。

愛は尽きる事ない 想いは揺るがない」、そう思っていた2人が同棲を始めて、だんだんお互いの嫌なところが目について険悪になって…という流れが描かれる。

そして「「愛は消えたりしない 愛に勝るもんはない」なんて流行歌の戦略か?」と、自分たちの出した愛を真っ直ぐに信じていたラブソングを皮肉っているかのような歌詞が入っているのも面白い。

5. Mirror

ヒットソングを飛ばしていた中でアルバム曲として作られたこの曲はこのアルバムの中でも特に私的な曲になっていると思う。

1番のサビは気怠げに「Love」という言葉を19回も繰り返すだけで、2番でも「ヒットの兆しなんかない ただあなたへと想いを走らせた単純明快なLove song」なのだと明言している。ここにも純粋に自分とだけ向き合って出てきたものを作ってやろうという思いがあったのではないかと思う。

人前で泣いたことのない そんな強気なあなたでも
絶望の淵に立って迷う日もあるでしょう
夢に架かる虹の橋
希望の光の矢
愛を包むオーロラのカーテン
その全てが嘘っぱちに見えて 自分を見失うときは
あなたが誰で何の為に生きてるか その謎が早く解けるように
鏡となり 傍に立ち あなたを映し続けよう
そう願う今日この頃です

そしてラストのこのフレーズでタイトルの「Mirror」とは「自分自身が何者か見失わないように常に側に居続ける存在」であることが分かる。

これは大切な人に対して、そういう存在になろうという献身的な愛情を歌った曲とも取れるし、自分自身に対してかけた救済の言葉であるようにも思う。




6. Making Songs

ギターやピアノの音で曲を作っている時のデモ音源が繋ぎ合わさってできている曲。

SE的なトラックであり、最後にアコースティックギターで弾き語りされる名もなき詩のワンフレーズが流れ、そこから名もなき詩へといく。

7. 名もなき詩

深海という暗いアルバムの中では少し異色にさえ見えるが、1996年日本で一番売れたシングルでもあるミスチルの代表曲。

Making Songsがあることによって、この曲の印象をより引き立てることに成功している。

正直、名もなき詩は曲単体で見た時に好きな曲であることは間違いないのだけど、この曲だけ平原を駆け回っているような開放感があるので、名もなき詩が入っていない「深海」も聴いてみたいと思ってしまう。

8. So Let’s Get Truth

アコギを掻き鳴らし、ハーモニカを吹きながら社会風刺を歌い上げた曲。長渕剛を意識しているとよく言われている。

子供らはたんこぶ作らず遊び 隣に習えの教養を植え付けられて 顔を見て利口なふり」というフレーズは、90年代半ばの楽曲にも関わらず、現代にも通じるものがあるんじゃないかと思う。

9. 臨時ニュース〜マシンガンをぶっ放せ

「臨時ニュースをお伝えします」という音声とチャンネルが切り替わって「また会えるかな」などが流れる15秒ほどのSE「臨時ニュース」を経て、マシンガンをぶっ放せへと続いていく。

「あのニュースキャスターが人類を代弁して喋る」は当然、「臨時ニュース」で登場したキャスターに対してのものであり、フランスで行われた核実験について強烈に風刺したところから始まる。

触らなくたって神は祟っちゃう 救いの歌は聞こえちゃこないさ」「どうせ逆らえぬ人を殴った 天使のような素振りで」「宗教も科学もUFOも信じられるから悲惨で」、ここにあるような鋭利なフレーズでの社会風刺だけでなく、「そして僕に才能をくれ」「そして僕にコンドームをくれ」など、欲にまみれた自分自身の叫びが途中途中挟まれているところが面白い。社会に対して文句を言っているけど、結局自分自身だって欲まみれの善人とも悪人ともつかない存在であることを自嘲しているかのような曲になっているように思う。

10. ゆりかごのある丘から

戦場に行っている間に自分の恋人が別の人と恋仲になってしまっていたという曲。

メジャーデビュー以前の曲であり8分52秒という大作でもある。

ノスタルジーと悲しさに溢れていて、綺麗なメロディーでしっとりと進行していくが、途中は感情が爆発したようにサックスが吹き荒れたり、諦めたように「シーラカンス」と呟いて終わったりと終始救いがない。

「ゆりかご」とは「ゆりかごから墓場まで」という言葉もあるように赤ちゃんの時にいる場所であり、生命の始まりの場所でもある。

彼女と一緒に時間を過ごした「ゆりかごのある丘」とは、そんな風に彼自身が無邪気でいれた場所だったのではないだろうか。



11. 虜

ゆりかごのある丘からの壮大なアウトロで、盛り上がったドラムと繋がるように歪んだギターが入ってきて始まるこの楽曲は、楽曲ごとの繋がりが多い深海の中でも一番かっこいい繋がり方をしていると思う。

「Take me to heaven, give me your love」というフレーズはゴスペルシンガーが担当しており、盲目的で不幸な恋愛に燃え上がった感情が昇華されていくようだ。

12. 花-Memento Mori-

シンプルなアレンジながらも素材の良さを生かした曲になっていると思う。

負けないように枯れないように笑って咲く花になろう」というフレーズは今のミスチルらしさを感じつつも、「深海」というアルバムを通して聴いてみると、この境地にいけるようになるまでにはきっと多くの葛藤があったことを想像させられる。

前を向いている曲ではあるものの、明るすぎる曲ではない為に、深海に差し込んだ一筋の光のようにアルバムの中では位置づけされているように感じた。

13. 深海

アルバムのエンディングを飾る壮大な組曲のような楽曲「深海」

シーラカンスの楽曲考察のところでシーラカンスとは「失われた過去の自分自身」だと書いたが、そんなシーラカンスに対して語りかけるような曲になっている。

「あどけなかった日の僕は夢中で君を追いかけて追いかけてたっけ」→「シーラカンス これから君は何処へ向かうんだい」と続くことからも「あどけなかった日の僕」=「シーラカンス」として語りかけていることが分かる。

そしてそんな無邪気でいれた自分自身に対して「連れてってくれないか 連れ戻してくれないか 僕を 僕も」と叫ぶラストには心を打たれる。

「花-Memento Mori-」のような「苦悩を経て前を向く」という内容でアルバムが終わるのではなく、結局答えが出ないまま彷徨ったまま終わってしまう「深海」で終わってしまうところが悲しくもこのアルバムの奥深さを出している。

まとめ

Mr.Childrenの「深海」はやっぱり順調にヒット作を飛ばし続ける中生まれたとは思えない陰鬱な内容のアルバムであり、2021年現在改めて聴くと、今のミスチルのイメージとはかけ離れた作品になっていると言える。

一般受けするかは置いておいても、自分の居場所や自分自身に迷っている人にどこまでも寄り添える楽曲が揃っていて、語り継がれるべき名盤だと自信を持って断言する。

是非、「ミスチルは笑顔でポップソングを歌っているイメージしかない」という人にこそ聴いて欲しい。

 




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