Beck「Sea Change」アルバムレビュー「失恋記録」と呼ばれた名盤

「外の世界」へと関心を向け続けていたBeckがアコースティックギターを基調としたサウンドで紡ぐ「個々の内面」へと向かうアルバム。私的Beckの最高傑作!

 

個々へと向かう原点回帰

緻密なストリングスとアコースティックギターを基調とした本作は、ブルースやフォークにヒップホップのビートを流す「Mellow Gold」や「Odeley」のBeckのイメージとは少し離れた作品なのかもしれない。「ルーザー」が想像以上の大ヒット曲となり、その後もどこかBeckは「外」というものを意識した音楽を作り続けていたように思うが、今作がどこまでもミニマムなサウンドで構成された内省的な作品になったのはその反動もあるような気がする。この作品はロック、ブルース、ノイズ、ヒップホップ…様々な音楽を全く新しいものに作り替え革命を起こそうとしていたBeckという時代の寵児というよりも、失意の底に沈んだBeck Hansenという一人の人間を強く感じるものだ。そしてそれはBeckのルーツでもあるアメリカンロックを基調としたシンプルなフォークサウンドに還っているところからも窺える。

沈んだ小舟の中で書かれた音楽

タイトルの「Sea Change」はBeck自身の「荒波に揺られてる小舟のように感じている」という発言もあり、音楽業界の中で揉まれるミュージシャンとしてのBeckと、日常生活の中で失恋の記憶を忘れようと奮闘するBeck Hansenの両方を想像することができる。「でも海をコントロールすることはできない。僕にできるのは『これは一時的なことなんだ、ずっと続くわけじゃない、まだ僕は自分を見失ってない。これはまだ冒険の途中なんだ』って自分に言い聞かせることぐらいなんだ。」同インタビューの中でBeckはそう語っている。だからこそSea Changeというタイトルにも関わらず自分の内面とじっと対峙するようなアルバムになったのだろう。




Beckの「失恋記録」

アルバムのテーマは失恋。全体を通して無駄なものを一切省いた繊細なフォークソング集になっている。歌詞はどこか無気力で疲労しながらも過去に囚われた人間の心情が悲しく吐露されているものが多い。「朝へと続く道がある/真実へと続く道もある/文明へと戻る道がある/けれど君へと戻る道は一つもない(2曲目「Papar Tiger」)」、「僕はただ潮の流れに逆らって渡ろうとしている/過去を置き去りにする術を覚えるまで(3曲目「Guess I’m Doing Fine」)」「過去なんて所詮 刑に服するためにただ無為に喪われた時間でしかない(End of the Day)」など、過去に囚われている自分を見つめなおし、無為なものだと分かっていても気が付けばその思い出に浸ろうとしてしまう心情がこのアルバムでは終始綴られているのだ。

 

リード曲「Lost Cause」の意味

「Lost Cause」は直訳すると「失われた意義, 理由」という意味であり、国内盤のCDの和訳でも「君は失われた目的なのだ」「意味の失われた大義のために戦うことに疲れてしまった」とある。でも失われた大義とは何なのだろう。

辞書で「lost cause」という言葉を引くと、「見込みのない運動、主義」とあり、つまり「I’m tired of fighting for the lost cause」は「関係を修復できる見込みのない人のために戦うことに疲れてしまった」というニュアンスなのだと理解できる。他にも「意義がない」という意味から「どうしようもない人」というニュアンスでも使われるとか。いずれの意味にせよ、諦めや疲労感を強く感じさせる曲になっている。

まとめ

Beckのシンプルネスの極致とも言える今作は個人個人の内面に寄り添う素晴らしい作品だと思う。この作品があるからこそBeckはまた孤高のミュージシャンとしてその後のキャリアを続けていけているのだろう。アコースティックギターを基調とした静かな曲中心に構成されているが、このアルバムは大音量にして部屋でかけて、ソファーに沈み込みながらじっくりと聴きたい作品だ。外の世界で戦い続けてきたBeckにとってこの作品が必要だったように、日常生活や人間関係に疲れた人にとっても良き休息に寄り添ってくれる一枚になるはずだ。

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