小袋成彬「Piercing」アルバムレビュー 喪失と都会の生活の幸福
トラックリスト
1. Night Out
2. Night Out 2
3. Turn Back
4. Bye
5. New Kids
6. In The End
7. Sung
8. Three Days Girl
9. Down The Line
10. Tohji’s Track
11. Love The Past
12. Gaia
日本版「ネット上の人間関係における調査」
こういう断定的な言い方をすると怒られそうで少し怖いんだけど、これが自分がこのアルバムを初めて聴いたときに感じた印象だった。小袋成彬がTwitterで「ピアスをして出かけよう。塞がらない穴には、ダイヤのピアスを通せばいい。最高の気分で街を歩こう」と言っているように、今作のタイトルでもある「Piercing」はそんな「喪失」によってできてしまった空白を埋めるものとしての意味が込められている。
THE 1975の傑作3rd「ネット上の人間関係における調査」の2曲目には「Give Yourself a try」という曲が入っている。この曲はJoy Divisionの「Disorder」という曲のギターリフをそのまま拝借した曲で、彼らのルーツでもある80年代ポストパンクを現代的に解釈した曲になっている。それでも原曲「Disorder」が自分の中の精神的不均衡を嘆いた曲であるのに対し、「Give Yourself a Try」は「幸せのために必要なのは痛みとここから出ていくことだ」という歌詞からも分かるように、自分の内面と向き合いながらも関心をしっかりと外の世界に向けた曲になっている。つまり、「Piercing」と「ネット上の人間関係における調査」は自分の中の悲しみや空白を理解しながらも、そこに浸りすぎず日常生活に身を置こうとしているところで似ているなと感じたのだと思う。R&Bやソウル、ダンスミュージックとエレクトロニカを組み合わせたサウンド的な革新さももちろんあるが、「現代的な喪失との向き合い方」という精神的な部分でかなりそう感じた。
喪失と都会の生活感
このアルバムは曲の繋げ方やラストに向けて「回復」していくように感じるところが凄く秀逸だと思うんだけど、特に好きなのは5曲目「New Kids」の女性との会話が挿入されてるところ。「たまたま見たときカレー屋さんがあって、そこのカレーがめちゃくちゃおいしくて、それって大事じゃない?」「めっちゃ話盛り上がってウキウキ帰って…」と、本当にそこら辺のカフェで隣から聞こえてきそうな内容なんだけど、ここには都会の幸せが凝縮されてるよで、不思議なくらい感動的なものがある。
この曲は「Bye」という40秒ほどの曲の後に入っている。「わかりあえばわかりあうほどわからないことばかり/僕はいつも僕らしさを君に預けてばかり」「君は愛を振りかざして僕を押し込めている」「でもいいや さよならが言えるだけ 幸せよ」という別れの内容なんだけど、そのあとに「New Kids」がくるという流れは、喪失の中で見つけた日常生活の小さな幸せの一コマというものをより引き立てているように感じた。
過去への肯定
自分の中の悲しみと日常生活に散らばっている幸せを感じながらこのアルバムは最後に「肯定」へとたどり着く。「In The End」~「Three Days Girl」では自分の感情を整理できず、ぐるぐると失恋の記憶をたどっている。「もう二度と会えないと思うほど 君を愛せそうだ」「もう二度と会わないと決めたこと 君は忘れそうだ」という歌詞では記憶から抜け出せずにはっきりとした決別を決めないと前に進めなかった自分と、そうではない相手との温度差を感じる。
「Love The Past」では「出会えてよかった そう思えるようになった」というフレーズと「今でも愛してる」というコーラスが重なり、今でもどこか折り合いがつけられない自分や相手のことをひっくるめた過去を肯定した曲になっている。そしてその後続く最終曲「Gaia」で寂寥感がありながらもどこか爽やかな余韻を残して終わっていくのだ。
愛を今胸に抱いて
思い出すNIKEの黄色
まだ会話してても髪かいてる
あなたにだけ
あなたにかけたかった言葉読み返してる
たまにこうして書き足してる
言えないこと増えていく当然
それを昨日ぐらいに知った俺
まとめ
2019年の最後の最後に出たこのアルバムは日本の現行音楽シーンの最高峰だと思う。内容も過去に囚われて前に進めないでいる人間にとってはかけがえのないアルバムになるもので凄く良かった。「分離派の夏」も良かったけど、個人的には「Piercing」の方が好きだ。小袋成彬はロンドンに拠点があるみたいだけど、東京の都会の街並みにもとてもよく合うアルバムだと思った。