映画「レクイエム・フォー・ドリーム」あらすじ感想 鬱映画の真骨頂

「夢見た生活」と「残酷な現実」のギャップを描いた鬱映画の代名詞。人間の精神異常を表現した独特の演出と誰も救われない展開に精神をすり減らしながらも何度も見たくなる映画。

監督:ダーレン・アロノフスキー

脚本:ヒューバルト・セルビー・ジュニア

出演:ジャレッド・レト、ジェニファー・コネリー、エレン・バースティン

 

「ブラックスワン」や「レスラー」で知られるダーレン・アロノフスキー監督の2000年公開作。

この映画はイギリスの映画雑誌「エンパイア」が発表した「落ち込む映画」ランキングで第1位に選ばれるほど、鬱映画としては「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と並ぶ代表作。薬物依存により破滅していく4人の登場人物たちが描かれる。

ダーレン・アロノフスキー監督は「ブラックスワン」でも人が不快に思う演出に長けていたけど、この映画は演出はもちろん、不穏な空気感の中であっという間に破滅へと向かう人々がとにかく精神的にキツい。序盤で描かれていた日常が後半には面影もなくなってしまうところにノスタルジーにも似た怖さがある。

あらすじ(ネタバレ有)

舞台はニューヨークのコニーアイランド。未亡人のサラ(エレン・バースティン)はテレビ漬けの生活を送る毎日だった。

息子のハリー(ジャレッド・レト)は高校卒業後、定職には就かずに親友タイロン(マーロン・ウェイアンズ)と共にヘロインで遊んでいた。サラの唯一の楽しみでもあるテレビを勝手に質に入れてヘロインを手に入れようとすることもあった。それは一度だけでなく、そのたびにサラは店まで出向き取り戻していたのだった。

ある日、サラは憧れていた視聴者参加型番組から当選の電話を受ける。戸惑うサラだったが、詳細はまたメールでと言われ電話を切られてしまうのだった。

サラはタンスの中から自分の真っ赤なドレスを見つけ、そのドレスで出演することを夢見る。試しに着てみるが、ずっとテレビ漬けの生活を送って太ったサラの体型ではもう着ることができなかった。

サラはテレビで見たカロリー制限や食事を減らすダイエットを始めるが、うまくいかず、ダイエットピルを処方してもらうことを決意する。髪型も染めてテレビ出演に向けて着々と準備していた。

一方、ハリーはタイロンとヘロインの密売で成功し始めていた。ハリーはもっと儲けてデザイナー志望の恋人マリオンと服屋を経営しようと考えていた。タイロンは家庭を築きたかった。

ダイエットピルを処方してもらったサラはどんどん痩せていったが、満足することができず容量をどんどん増やしてしまう。

ある日、ハリーはサラに会いに行く。商売も順調に進んでいたハリーはサラに今までの行いを謝罪して優しい言葉をかける。話の中でサラがダイエットピルを処方してもらってると言うと、ハリーは危険だからやめるよう必死に訴える。ハリーはダイエットピルが快楽物質により満腹感を与える覚せい剤であることに気が付いていた。

そんな中、密売でヘロインを手に入れていたハリーとマリオンも薬物中毒へと陥ってしまう。マリオンが薬欲しさに自分の体を売り始めるようになるとハリーとの関係も悪化し始める。

サラは幻覚がどんどん悪化していた。痩せ細り廃人同然と化したサラはなぜ連絡がこないのかとテレビ局に乗り込み、受付で揉めてしまう。その場で警察に連行され、精神病院へと強制入院させられた。

タイロンから大きな取引の話を持ち掛けられていたハリーだったが、イタリアン・マフィアの台頭により仕入れがうまくいかず、抗争に巻き込まれてしまう。タイロンが逮捕され、今までの儲けも保釈金に消えてしまった。2人はフロリダへと向かいやり直そうとするが、注射の打ちすぎでハリーの腕は黒く腫れていた。細菌感染を起こしていたハリーの左腕は病院で切除を余儀なくされ、タイロンも再逮捕されて強制労働所に連行される。

ハリーがいなくなり薬を手に入れることができなくなってしまったマリオンは自分の体を売り、薬を手に入れていた。しかし量が増え足りなくなったため裏組織のストリップ小屋に向かい、見世物になってヘロインを手に入れる。

4人はそれぞれの場所で眠りに就く。ハリーは切り落とされた自分の腕を嘆き、マリオンは体を売って手に入れたヘロインを抱きしめ、タイロンは薬物の禁断症状に苦しみながら、サラは電気ショックで治療を受けさせられ廃人状態になっていた。




 

感想

「レクイエム・フォー・ドリーム」というタイトルの通り、夢を抱いていた人々の破滅が描かれていhた映画だった。中でもサラ役のエレン・バースティンのラストの廃人具合はトラウマ級の演技。サラはハリーやタイロン、マリオンたちと違って自ら薬物漬けになったわけでもなく、ただ孤独で無知で夢を見てしまったから破滅したというところがなんとも悲しい。カルテも見ていないで薬を処方する医者さえも絶対的に信頼し、あまりにも孤独で現実を生きてなかったからこそ、テレビに出て自分が輝けば息子や幸せだった家庭が取り戻せると思っていたのかもしれない。この映画が薬物とは縁のない人間にとっても怖く感じてしまうのは、薬物を拠り所に夢を見てしまった人間の精神的な弱さ自体は普遍的なものだからだと思う。

あとはやっぱり精神異常の演出が抜群に怖い。サラの幻覚では出たかった番組の司会者がテレビから飛び出して自分の部屋にやってきたりと、とにかくもう悪夢より悪夢的な演出。ドラッグでキメるシーンの表現方法や、二分割に編集された画面、サウンドトラックも本当に悲劇のBGMという感じで秀逸だった。精神がすり減るのにたまに観たくなってしまう。

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