「毒」を飲み込みんで強さを得るまで、Awich「孔雀」(2020)アルバムレビュー

2020821日にDebut EPPartition」でメジャーデビューを果たした沖縄出身のラッパーAwichのインディーズで最後に発売したアルバム「孔雀」。

「毒のある虫や蛇を好んで食べる」という孔雀を自分自身と重ね、女性の強さと彼女自身の物語を提示した本作は今の時代に鳴るべくして鳴った音のように思う。アンダーグラウンドな音楽世界観は一見攻撃的で凶暴に見えながらも、どこか危うく儚い。

「美しく飛べない鳥」である孔雀に対して昔から惹かれていたと言うAwich。彼女は強い女性のアイコンとしてのイメージが強いが、このアルバムはそんな彼女が強さを手に入れるまでのストーリーだ。彼女が飲み込んだ毒とは世の中に充満する不穏な空気感なのか、それとも彼女が克服した彼女自身の弱さものなのか。是非自分自身の物語と重ねながら聴いていただきたい。

Love Me Up

この楽曲は孔雀リリース前にEP限定リリースされた「Heart」というアルバムのリード曲になるだろう。彼女の楽曲の中に少ない、可愛らしい音楽性だ。

ダンサンブルなリズムとキャッチーなサビは微睡むような心地よさがあり、ライブでの一体感を意識したような楽曲に思える。

しかし可愛らしい音楽性とは裏腹に歌詞の内容は「麻薬のように私を愛して」という内容で「Roll me up
Smoke me up Oh baby please won’t you love me up」と繰り返される。

この曲は、教育番組風なのにどこかドラッグの幻覚を想起させるような演出で展開されていくPV含め、2曲目のリードトラック「洗脳」のフックになっている。

楽曲の雰囲気はダークで不穏な「孔雀」というアルバムを象徴するようなものでなくても、構成からストーリー性と言う部分にこだわって緻密に作り込まれているのが感じられるのが面白い。

洗脳(feat.DOGMA&鎮座DOPENESS

客演にDOGMA、鎮座DOPENESSを迎えての楽曲ということもあり、1曲目のイメージを一気に覆す、ダークで最高にクールな楽曲だ。一気にこの曲で孔雀というアルバムの世界観に入り込んでしまう。

強烈な社会風刺で世の中に噛み付くかのような歌詞が印象的だ。

未曾有の恐怖に操られてまで
欲しがる情報源は半透明
この命で弄ばれちゃ菩薩に輸血で死ぬか大怪我
ブルーシートの奥にいるガキの死に様なんざ誰の趣味のメディア
欲は底なしもう勘ぐるな
踊れ日本のメイドインアメリカ
形変えてく快楽 快感の連続
バカばっかだ全く

情報社会の中で様々な思想が複雑に交差する中、自分自身の信念は曲げないというような彼女の人間性が出ていると感じる。一言一句が鋭角で聞き逃せない。

「Love Me Up」が現代的なサウンドでプロデュースされているのに対し、「洗脳」にはどこかレトロな雰囲気があるのも、表と裏的な関係になっているのを象徴しているかのようだ。

NEBUTAAL ver. (feat.kZm)

この曲も孔雀リリース前にEP限定で「Haert」と同時リリースされた「Beat」というアルバムの楽曲をアルバムver.にし、再収録されたものだ。

この楽曲はChakiZuluの作曲ではなく、フランスのプロデューサー/DJとして活躍するSamTibaが楽曲提供している。

YENTOWNのメンバーでもあるJNKMNとPETZの故郷でもあり、YENTOWNのファンも多いという青森でライブをした時に訪れたねぶた資料館でインスパイアされて作られた曲だ。

青森のねぶた祭りの音から影響を受け日本らしい音を取り込みSamTibaが作曲を行ったという、この楽曲は曲の中で祭りの前の静けさを表現していたり、仲間と盛り上がろうというようなリリックがあったりと1曲でいろんな楽しみ方ができる。

Open It Up

この曲も作曲にアメリカのトラップのプロデューサー/DJであるBaauerが参加している。

この曲に驚かされたのは、ラップの難しさだ。

真似して簡単にラップができるようなリリックではないし、真似したとしてもあんなにカッコよく歌いきれない。ビートに乗りこなすのが難しい。

PVもリリックも凶暴で毒々しさを放っているところが癖になる。

Posion(feat.NENE)

こちらは「孔雀」のリード曲でもあり、客演にゆるふわギャングのNENEを客演に迎えている。

二人の音楽性の女性らしい強さがしっかり全面に押し出された一曲で、ギターの音が彼女達のかっこよさをよく引き立てている。




Interlude 1 (Island Girls)

このアルバムではこの合間に差し込まれている小話のようなやりとりを収録した4つの「interlude」が非常にいい味を出している。

1ではAwich含めた女性3人が「男ってさ…」的な会話を始める内容となっており、男性としては恐ろしい内容かもしれないが、英語と沖縄弁混じりの日本語を交え、くすっと笑えるようなユーモアに溢れていて癖になる。

内容はそこら中で交わされているようなありふれたものとも言えるのだが、「なんでいらん奴ばっかりで本当に欲しい人からは連絡こないの?」という最後の呟きで寂しさがか垣間見えるような終わり方になっているのが良い。

紙飛行機

こちらもEP限定リリース「Beat」のリード曲になる曲を入れている。

EGO-WRAPPIN’の「色彩のブルース」をサンプリングしており、Awichを代表するような1曲と言える。

ChakiZuluのサンプリングの仕方のかっこよさ、Awichの歌の上手さをしっかり感じられる。

Interlude 2 (Good Man)

Awich自身が24歳で未亡人になった過去が投影されているようにも思える2つ目のInterlude。

ヒステリックな女性と不器用で優しい男性の喧嘩と言って仕舞えばそれまでだが、一見打たれ強そうに見える女性の弱さや過去が垣間見える瞬間に人間味を感じさせる構成が、「孔雀」というアルバムのコンセプトを象徴しているようにも思う。

「何で誰かの過ちをまだ俺に償わせようとしてるの?」という言葉に胸が苦しくなる。PVでの演技力も高く、グザヴィエ・ドランの映画の一幕を見ているかのような会話劇が楽しめる。

First Light

「Interlude 2」から繋がる「First Light」。Awichが感じてきた悲しみや愛を歌っているが、Awichにしかかけないリリックが詰め込まれている。

メロディーが美しく琴線に触れる。前半では社会風刺的な攻撃的な曲も多かったために、後半にこのような曲が差し込まれていることによって「強さ」の裏に存在していた「弱さ」の物語を覗くことができるように感じる。

Pressure

プレッシャーを感じることがたくさんある中でもそれを跳ね除けていく強さを歌っている楽曲。

多くの人の心の負荷を下ろすことができる力を持った曲だと思う。早いテンポの中にたくさんの言葉が詰め込まれており次々と出てくるプレッシャーをテンポで跳ね除けていくようなそんな感覚だ。




DEIGO(feat. OZwolrd)

この楽曲は【Awich×唾奇 Supported by Reebok CLASSIC】にて新曲として披露されていたが唾奇がレコーディング当日に来なかったためにOZworldと歌っていることを、孔雀の「Interlude 4 (No Pressure)」で明かしている。

当日のライブに行った人のみが聞けた幻の曲となるところだったがOzworldが参加したことにより、幻の1曲にはならなかったが唾奇のバースは幻のものとなったようだ。

Arigato

この楽曲はハウスっぽい音に合わせて歌っており衝撃を受けた。新しいHIPHOPの扉がAwichにより開いたような気がしたからだ。

強さも弱さも包含したような「Arigato」という楽曲で、煌びやかで開放的な心象風景へと昇華しアルバムの最後を飾るような終わり方が印象的だ。

何度か登場する「こんなに弱い泣き虫でも」というフレーズに、彼女が強さを獲得した物語の裏には自分自身から出た弱さを受け入れたからと感じるし、聴く側も自分自身の物語と重ねて未来に思いを馳せることができる楽曲なのではないだろうか。

まとめ

「孔雀」というアルバムの楽曲を詳しく説明して行ったが、女性のHIPHOPアーティストの中でも唯一無二の存在であり、音楽性の幅がよく分かるような作品になっている。

合間に小話のような「Interlude」が挟まれており、彼女のアーティストでありながらも人間味を感じられる、そんな1枚でもあるところも大きな魅力だ。

女性目線の強さ、弱さ、愛などたくさんの感情が詰め込まれた、彼女にしかない物語があり、それを11曲で全面に表現された素晴らしいアルバムと言えるだろう。