欅坂46の集大成であり最高傑作「黒い羊」MV 歌詞 考察

欅坂46の8枚目のシングル「黒い羊」

平手友梨奈がセンターを務めた曲としては最後のシングルであり、「集団対個人」という構図で孤独や反抗を歌っていた後期の欅坂46の集大成のような楽曲になっている。クオリティーで考えたら間違いなく欅坂46史上最高傑作だと言えるだろう。

「みんな泣き叫んでいた」「ボロボロになってやった」と撮影の時のことを振り返って語ったメンバーが言っていたように、それぞれが役者のように自身が与えられた役と向き合って表現しきったこともこのMVが心を打つ理由の一つになっているんじゃないかと思う。

「黒い羊」とは

英語の「black sheep」とは組織や家族の中の厄介者、除け者、邪魔者などの意味をもつ言葉。

MVを観ると主人公はそんな黒い羊の象徴のような存在として様々な問題を抱えているメンバーの前に現れる。そしてそのメンバー演じる人々もまた、自身が属している集団の中に馴染みきれない黒い羊として扱われている。

エンタメとして消費される「誰かの死」

不穏なキーボードと、チョークアウトラインが引かれ、報道陣がその周りに殺到する映像から始まるオープニング。

そこに死体がないのは、特定の「個人の死」ではなく、苦悩を抱えた人たちの「集合体としての死」を演出しているからなのかもしれない。

そんな様子を横目に死の象徴である彼岸花を手にした平手は、人々の元へと向かう。その横もその死体をウキウキとした様子でスマホを片手に見に行く高校生が通り過ぎる。

それぞれの抱える問題

サビ前まではひたすら、様々な種類の悩みに苦しむ人々の姿がひたすら映し出される。

登場順に並べると以下のようになる。

尾関梨香
親の前で机の上にある参考書を手で思いっきり払い除ける育ちの良さそうな女の子
「親からの過度な期待に応えられない大学生」という設定で、両親や本人の服装からもある程度裕福な家庭であることが分かる。そんな家だからこその抑圧やプレッシャーを感じることができる

斉藤冬優花
彼氏のような男性に激昂している女性。本人のブログから「貧乏な家庭で育ち、自分の両親を彼氏に馬鹿にされている女性」という設定になっているそう。
ドラム缶のようなものを投げつけている。

佐藤詩織
万引きをして警察に捕まり、周囲から白い目で見られている不良少女。
本人が「5回目の万引きをしている設定」と公言している。金銭的な目的ではなく精神的な理由での万引きであり、そこには歪んだ家庭環境などの存在も垣間見える。

鈴本美愉
ブラウン管の前で部屋に引きこもって体育座りしている女性。茫然とスマホを見ては床に投げる描写がある。

織田奈那
上司からパワハラを受けている女性。バインダーを持った女性上司のような人にキツく叱られていて、耳を塞いでいる。

守屋茜
家庭内暴力or職場内でのパワハラを受けている女性。左頬にはあざがあり、スーツを着た男性に暴力をふるわれている。

小林由依
いじめられている女子高生。カーストトップのような女子高生に鞄を蹴られ、プリントのようなものをばら撒かれる。
背景にある彼女のロッカーにはこの曲のタイトルでもある「Black Sheep」と書かれ、学校という閉塞的な世界の中で彼女は「除け者」「厄介者」として扱われていることが分かる。

石森虹花
家が貧しくて家庭のために働かなければいけないOL。見た目にお金がかけられないから周りから笑われてしまう。
一昔前のような洋服やアクセサリーを着けていて、お金がないから親のものをそのまま使っているのではないかと考えられる。

小池美波
本人ブログより「自分を責めて追い込んでしまって、SNSで誰かから暗い内容の通知が届き、人生を諦めてしまって行動に移してしまう役」
スマホを見てニヤッとするその表情はこのMVの中でも強烈な印象を残しているように思う。SNSに依存し、精神が壊れてしまったのがあの一瞬で分かるようになっている。その後、風呂場で手首を切って死ぬことを試みようとする。

菅井友香
父親を亡くした売れないデザイナー。ベッドで父親を看取り、死の瞬間に立ち会う。

絶望の共有

それぞれの人々が映し出された後、サビに入り平手がそれぞれの人々を抱きしめる。

平手は「一階は絶望の共有」と解説動画で言っていて、1人1人にハグをする場面が実際に映る。しかし、なかなか分かり合うことができず、何度も何度も突き飛ばされる。

しかしここでは突き飛ばす人と突き飛ばさない人がいて、例えば学校で「黒い羊」として扱われている小林由依ははじめこそ拒否していたものの、真っ正面から向かってくる平手に優しくハグを返す。

最後の風呂場で自分の命を断とうとしている小池美波に首を振りながらそっとハグをするところで、平手は人々が「死」へと向かわないように現れたのではないかと思う。

また2番の出だしでは傷付いた人たちが寄り添って歩くような演出がある。

土生瑞穂は男装のような格好をしていることからも、LGBT(特に性同一性障害?)に悩む人のような役に見える。

また1サビで登場した渡邉理佐は「ARIADNE」と書かれたネオンのそばで男2人に絡まれていて、アリアドネとはギリシャ神話に登場する女性であり意味は「とりわけて潔らかに聖い娘」。本人がモデルの役だったと言っていたそうなので、おそらく純粋に夢を見て芸能界に入ったにも関わらず男性に傷付けられてしまうという役なのではないかと思う。

ここで並んでいる人たちの共通点としては前列2人はSNSや世間の暗い声に傷付いたことが考えられる。小池美波はSNS依存の女子高生で、土生瑞穂は性的にマイノリティーであることが原因で自身に否定的な声を聞いてしまったとしてもおかしくはない。

真ん中の3人は権力による支配、特に職場での上司や男性から傷付けられた人たちが悲しみを共有しているように見える。守屋茜と石森虹花は手を繋ぎ、渡邉理佐は守屋茜の肩にそっと手を置くような演出がある。



幸せだった頃の回想

幼少期、主人公の幸せだった記憶。生まれたことを祝福してもらえていた誕生日。苦悩を抱えた人たちを見ながらそれを抱きしめようとしていた主人公自身の物語が2番の後半で映る。

これは平手自身のアイデアで、一見異質のようにも見えるが、死へと向かう過程の中で自分の幸せだった瞬間や愛されていた頃の記憶を思い出そうとするのは主人公の立場に立ったら必然なのかもしれない。いかに真剣にこのMVを制作したかと平手の才能が分かるエピソードだと思った。

彼岸花の有無

1階:自分の意思を主張して周囲から浮いてしまう人々、馴染めず「黒い羊」として扱われてしまう人
2階:現実と折り合いをつけてなんとか馴染もうとするも上手くいかない人

1番、2番を振り返ってみるとなんとなくフロアごとにこんな風に分かれているんじゃないかと思った。1番は激昂していたり、行動に起こす人が多いが2番はそれよりも諦観の雰囲気が強く漂っている。

2サビに入るタイミングで平手は彼岸花を手放す。彼岸花は死の象徴でもあり、生きる情熱でもあったんだと思う。主人公にとって彼岸花を持ったまま生きていくことこそ、「黒い羊」である自分を肯定したまま生きていくことだったんじゃないだろうか。

アイデンティティーを取り戻す主人公

ろうそくが両端に置かれた階段を登っていくシーンは、主人公が死を選ぼうとしていることを暗示している可能性が高い。ここは楽曲とのリンクが見事で、間奏のどこか不吉な祝祭のような空気感と「死ぬことによって救済があるんじゃないか」と考える主人公の心情が凄くマッチしていると思った。

そしてその間奏の終わりと同時に、幼い頃の自分から彼岸花を手渡され、平手はアイデンティティーを取り戻す。そして、自分を受け入れて生きていくことを選ぶことを決意し屋上へと出る。

屋上では様々な人たちと抱き合い、突き飛ばされながらまた真っ正面からぶつかっていく。苦しんでいる人たちを肯定しながらも本当にそれで良いのかと言葉以外の方法で必死に伝えているようにも見える。

はみ出し者である自分を受け入れることの苦しさと、それでも生きていくことを選んだ強さのようなものが最後の二転三転する表情から見える。主人公が選んだ答えはこのMVの中で明確に描かれるが、それを見ているメンバーやエキストラの表情も映すことで、どう捉えるのかは視聴者に委ねられているかのような終わり方になっている。



メンバーの役どころ

このMVで出てきたメンバーの役をまとめると以下のようになる(推測あり)。

ブログやラジオ、握手会でのレポなどの情報をかなり補足しているが、いかに詳細に一人一人の役が設定されているかが分かる。ちなみにエキストラの人たちにもそれぞれ役があるそうなので、そこに注目して見てみるのも何か発見があるかもしれない。

石森虹花:家が貧しくて家庭のために働かなければいけないOL。見た目にお金がかけられないから周りから笑われてしまう。
上村莉菜:なかなか芽が出ない地下アイドル。うさぎのぬいぐるみは唯一本音を話せる存在
尾関梨香:親からの過度な期待に応えられない大学生
織田奈那:パワハラを受ける女性
小池美波:自分を責めて追い込んでしまって、SNSで誰かから暗い内容の通知が届き、人生を諦めてしまって行動に移してしまう役
小林由依:「Black Sheep」と呼ばれていじめられている女子高生
斎藤ふゆか:貧乏な家庭で育ち、自分の両親を彼氏に馬鹿にされている女性
佐藤詩織:万引き少女。人生五度目くらいの万引きしている設定。何かに気が付いて欲しい少女
菅井友香:売れないデザイナーの役で、大切な父親を亡くした
鈴本美愉:自堕落な生活を送っている女性。部屋に引きこもってお酒片手に体育座りしながらテレビを見ている
長沢菜々香:育児に疲れた女性?(マタニティウェアのような服を着ている、後ろに赤ちゃんの人形がある)
長濱ねる:就職試験がうまくいかなくて絶望している女の子
土生瑞穂:男装していることから性同一性障害?に苦しむ人(推測)
守屋茜:家庭内暴力or職場でのパワハラを受ける女性?
渡辺梨加:鳥を手に乗せている、現実を直視できない女性?
渡邉理佐:モデル(握手レポより)、男性に傷付けられる女性。




ピナ・バウシュ「カフェ・ミュラー」のオマージュ?

余談だが、コンテンポラリーダンスの巨匠、ピナ・バウシュをご存知だろうか。今回の黒い羊のMVはピナ・バウシュのカフェ・ミュラーという作品のオマージュのようなシーンや振り付けがある。

この作品は分かり合えない人々のディスコミュニケーションや人生における障壁を椅子などの障害物で表現した作品になっていて、黒い羊はこれを現代版に落とし込んだようなものになっているのかもしれないと思った。

実際に突き放しながらも抱き合ったりするようなシーンが、この作品の中でも描かれている。

まとめ

黒い羊はクオリティーの深度という意味で考えたら、欅坂46のMVの中で集大成であり、間違いなく最高傑作だ。従来のアイドルのMVは抜かれる時にアピールできるような表情ができるかとか、衣装が映えるかとかを重要視していたと思うけど、今回のMVは観ている人の心をいかに動かせるかに重きを置いてメンバー1人1人が心を削られることを要求されながらも必死に向き合って作ったMVなのが痛いほど伝わってくる。

ファン贔屓なのは承知だが、このMVを見ているとやっぱり欅坂がいかに特別だったかを痛感してしまう。坂道グループの中だとオルタナ路線として売れてしまって、メンバーの中にはもっと明るい曲をやりたかったりした人もいたと思うけど、それでもやっぱりこういう曲で発揮される熱量はアイドルのキャパを超えて人の心に直接訴えかけることができると思った。




画像出典元:欅坂46「黒い羊」MV

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